当園のルーツ

大橋さくらんぼ園のルーツとホ~ちゃん

終戦後、手作業で土地を開拓!

明治30年2月15日 大橋作次(おおはしさくじ / 現在のこの土地を開墾した大橋農園1代目)が福島県で生まれました。実は、大橋家は福島県の大田村から移住してきたのです。 当時(明治30年前後)福島県福伊達郡大田村では 北海道移住の話題で沸騰していたそうです。大橋家は作次が生まれた翌年の明治31年5月3日、一家は住み慣れた郷里を後にして、人跡未踏の地、北海道へと旅立ちました。
一家が、まず向かったのは北海道旭川市。
大雪山の北に位置する旭川市東旭川町の俗称ペーパンへ移住しました。作次はとても手先が器用だったため旭川のお寺の建立を若いころからしていたそうです。
そして作次が30歳(昭和15年)になったとき芦別に移り住み、 こんどは炭鉱の社員住宅の建設をしました。
終戦後の昭和21年には、政府より払い下げを受けて土地を取得し土地を開拓しました。その場所が現在の大橋さくらんぼ園の土地です。

現在のような機械や農機具などはなく全てが手作業です。一日中、クワやスコップを持っての作業が長時間続くため、朝起きたら手が丸く内側に固まってしまっていてその手を伸ばす事から一日が始まる毎日だったそうです。
国からいただいたその土地は山あり谷あり・・・
平らな部分はとても少なく、米を作りたかった作次でしたが、その夢をあきらめ傾斜があっても作付けできる梨やブドウ、メロンなどを植えました。作次は特にブドウ栽培には力を注ぎ北海道の品評会では何度も一位の表彰を受けたそうです。
作次がこれほどまでに力を注いだブドウ栽培。ですが、今ここには、ほとんどブドウはありません。実は、いまのこの土地を『さくらんぼ狩り園』にした、作次の息子の勝(まさる)がすべて切ってしまったのです。

ピンチをチャンスに!「さくらんぼ」栽培の道へ

大橋 勝(おおはしまさる / 大橋農園2代目 / 大橋さくらんぼ園の1代目)は昭和13年3月1日に旭川市で生まれました。作次の跡を継ぎ、一緒に梨やメロン、ブドウの栽培に励みました。作次に負けず、とても働き者の勝は人の何倍も働きまわりからは 「人間機械」とまで言われていました。
勝は25歳の時(昭和39年)、妻、淑子と結婚しました。勝は、結婚を期に新たに畑を購入し畑を2倍にして作付けを増やしました。
しかしその努力も実らず、ちょうど結婚した年とその次の年。収入の柱とまでなっていたブドウが2年続けて霜害(霜による被害)で大不作となりました。2年続きの霜害に遭い父、作次も将来の経営に行き詰まりを痛感していました。また、勝も結婚し畑の面積も増やしてすぐの災難に将来への望みを見いだせないでいました。

ところが、ブドウが不作で殆ど壊滅状態なのにもかかわらず、作物の防風林として植えていた野生の「さくらんぼの木」が沢山実っているのを見て、勝は作次に提案し『ブドウを切り倒しさくらんぼを植える』事を決意したのです。
何十年も丹精込めてブドウを育ててきた作次としては実を切られるほどの思いだったでしょう。また勝にとっても、小さい頃からブドウと一緒に幼少期をすごし、作次と一緒に栽培してきた愛着のあるブドウの木を切り倒してしまうのは、とてもつらい事だったはずです。

こうして、すべてブドウを掘り起こし、さくらんぼの苗木を植えたのですが、その苗に実がなるまでの間、勝は芦別の炭鉱に勤務して生計を立てました。
さくらんぼもすくすくと成長し、ブドウを掘り起こし一番最初に植えた品種ですが、勝(まさる)が偶然、種から芽生えた品種を発見したものでした。この品種はとても遅くに熟す品種で8月に入ってからやっと収穫出来る品種でした。遅い時期に熟す品種なのでずっとこの品種の事を「晩稲(おくて)」と言っていました。 でも『ちゃんと名前をつけてあげよう・・・』という事になり先代の名前を取り「勝錦(ほまれにしき)」とネーミングされました。

狩りでも人気!通販も人気の勝錦(ほまれにしき)の「ホ~ちゃん」

今では、ここさくらんぼ狩り畑には30種類以上(正確には平成30年で50種類)の品種がありますが、芦別にしかない品種は「平和錦(へいわにしき)」、そして、大橋さくらんぼ園にしかないオリジナルの品種はこの「勝錦(ほまれにしき)」だけです。
8月の10日前後から濃厚な味になる勝錦。偶然、先代が見つけ苗木を植え付け、それが今ではとても大木になっています。
作次が丹精込めて育てたブドウをすべて 掘り起こし、先代の勝(まさる)が植えた大橋さくらんぼ園 オリジナル品種の勝錦。
現在、勝(まさる)が様々な思いを抱きながら植えた、一番最初の1本目の勝錦に「ホ~ちゃん」と名前がつけられています。植えられてから今年で53歳になるホ~ちゃんは野生の木です。品種改良などもされていないので47年たっても未だに健在!

この勝錦(ほまれにしき)と言う品種は現在、畑の一角に20本ほどあるのですが、勝(まさる)が50年ほど前に植えた勝錦は10本ほどまでに減ってしまいました。最近の冬の寒さはさほどではありませんが、昔はここ芦別ではマイナス30℃になる事もしばしばで、寒さに耐えきず半分ほどに減ってしまったのです。
そんな中でもこのホ~ちゃんは勝の想いを知っているのか他の勝錦よりとても元気よく枝を出し、美味しい実を付けてくれます。実の大きさは大粒ではありませんが毎年、酸味と甘みのバランスの良い濃厚な味で私たちを喜ばせてくれます。
大橋さくらんぼ園の中には『50種類あるさくらんぼ狩りの種類の中で、このホ~ちゃんのさくらんぼの味が一番いい!』というスタッフも何人もいます。

代々引き継がれる本物のさくらんぼ作り

国からいただいた土地を一から開拓し畑にし、梨やメロン、ブドウを植え、特にブドウづくりに尽力した作次(大橋農園初代)。
『芦別の気候に適していない・・・』とブドウ作りをあきらめ掘り起こして、畑中にさくらんぼを植えた勝(農園2代目 さくらんぼ園初代)。

そして現在、勝から大橋さくらんぼ園を引き継いだ大橋 正数(おおはしまさかず / 農園3代目 / さくらんぼ園2代目)は勝(まさる)が植え続けたさくらんぼを、掘り起こすことなどない事を祈りつつ天候に恵まれる事を願いながら本物のさくらんぼ作りを目指し励んでいます。
お客様に本物の味を提供したい』と言う想いが強い正数は『私達の理念』をかかげスタッフ一同、その夢に向かって頑張っています。
「笑顔を作る」「思い出を作る」
「感動を作る」「人を作る」
来園されたお客様に 笑顔と感動と思い出を提供したい。
そしてお客様との絆を深めるためにも、働いているスタッフ同士が共に信頼しあい家族のような絆を結び、人間性を磨く事が私達の理念であり実現可能な夢であると考えています。

大橋農園は昔、いろいろな果樹や果物を栽培してきましたが、この50年間はさくらんぼ一筋に歩んでまいりました。(※最近は雇用期間の長期化の為他の果樹も植え始めました)私たちの住んでいる北海道の芦別市は、日中はとても温かく夜はとても涼しい所です。 この内陸性独特の気候は果樹の栽培にとても適しており、糖度の高い果物を栽培する事ができます。

初代、作次(さくじ)の人力による開拓と、なくなくブドウを掘り起こしさくらんぼを植え続け、そして本物のさくらんぼ作りを目指しつづけた2代目(さくらんぼ園初代)の勝(まさる)の努力が実り、平成18年3月、大橋さくらんぼ園は第7回全国果樹技術・経営コンクールで北海道としては初めての農林水産大臣賞という最高賞を手にしました。
夜には星が沢山綺麗に見えるここ芦別は、『星のふる里』とも言われています。空気も澄んで自然にあふれる芦別へぜひ一度いらして下さい。
丹精込めて育てあげたさくらんぼを皆様にお届けいたします。

 

木で完熟した本当のさくらんぼのおいしさを、大橋さくらんぼ園のさくらんぼ狩りで味わってください。
皆様のお越しをスタッフ一同、心よりお待ち致してております。
また、遠方等でお越しいただくことができない方へ、 大橋さくらんぼ園自慢のさくらんぼ通販も行っています。
お中元、ギフトはもちろん、ご自宅用にお取り寄せも どうぞ通販をご利用いただけると幸いです。

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